対象読者
- ロジカルシンキングのメリット・デメリットではなく、その体系自体を知りたい方
- ロジカルシンキングを胡散臭く感じる方
- ロジカルシンキングの新人研修の効果に疑問がある方
結論
ロジカルシンキングはあらゆるビジネスシーンで必須だ。立場や文化が異なる相手を説得する唯一の手段が論理だからだ。故に、論理的思考力をビジネスマンの基礎力と位置づけ、ロジカルシンキングの新入社員研修を導入する会社は多い。
しかし、ロジカルシンキングによって、論理的思考力を高めることはできない、というのが私の結論だ。ツリー構図の書き方を習えることが若干有用かな?、くらいの薄っぺらい内容しかない。
私はロジカルシンキングの研修を受けた経験があるが、有用な情報は得られなかった。しかし、新人研修の定番であるロジカルシンキングがこんなポンコツな訳がない。その研修が悪かっただけ、と思い直し、ロジカルシンキングの本を3冊読んでみたが、やはり有用だと思えなかった。
以下では、
- 研修や入門書の内容をまとめた後に、
- それを批判する。
という順に論じていく。しっかりとロジカルシンキングを押さえた上で批判しているところが本記事のアピールポイントだ。
まずは、研修で出たふざけたお題を見てくれい。
ロジカル(クリティカル)シンキング研修のトンチのようなクソ問題
ロジカルシンキング研修で、以下の問題を解くようにグループワークをさせられた。細かく言うと、ロジカルシンキングに含まれる、クリティカルシンキング(批判的思考)での出題だ。クリティカルシンキングとは、問題の前提を鵜呑みにせずに疑い、課題を解決する思考法のことらしい。
問題: 残ったリンゴ(引用※1)
部屋の中にはリンゴが6つ入ったかごが置いてあり、女の子が6人いた。
女の子が1人1つずつリンゴを取ったが、かごの中にはまだリンゴが1つ入っている。なぜだろう?
正解:
6人目の女の子は、最後に残ったリンゴをかごごと持っていたから。
は?
皆、リンゴを手づかみで取っていたのに、最後の女の子だけが、かごごとリンゴを取るなんて不自然じゃないか
と、いつから錯覚していた?
私は正解を聞いて、「一休さんのトンチ」を思い出した。
この問題の意図は、「当然リンゴは直接手づかみで取るものだ」という思い込み、常識(前提)に注意せよ、ということのようだ。私は別解(補足※1)を得たが、講師から不正解とされてしまった。そんな講師の態度こそ、前提を疑えていないような気もするが…。
ロジカルシンキング入門
上記のようなグループワーク等でお茶を濁しながら、研修は進んでいった。全体的な印象は、「論理的に考えると」と連呼しながら、課題を場当たり的に解いていくだけで、体系立った理論を学ぶことはできなかった。
なので、適当な入門書を3冊を読んでみた。それでも、体系が明記してあるものは1冊しかなく(参考書※1)、概要としてまとめるのに苦労した。
それによると、ロジカルシンキングとは、分かりやすく道筋が通った考え方のことだ(という定義自体が曖昧だが)。これは3つのフェーズから構成される。
- フレームワーク発想
- 情報の整理
- アウトプット
それぞれを順に見ていくが、全てのフェーズを通してMECEを意識する必要がある。
MECEはロジカルシンキングの基本
MECE(Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive; 相互に排他的で完全に包括的)とは、「漏れなく、ダブりなく」という意味で、ロジカルシンキングで頻出の用語だ。
ある議題を何の方針もなく論ずると、以下のようなことが問題になりがちだ。
- 普段の考えの癖や、きまぐれなどに従って、狭く、細かい部分に着目してしまいがちで、全体を俯瞰することが難しい。
- アイデアをたくさん出してみても、それぞれのアイデアに重複する部分が多く含まれている場合、幅広く考慮したことにはならないし、重複による無駄が発生する。
そこで、MECEに考えることが重要になる。意見の反対、その意見以外には何があるのかを考えれて、議論領域を満たす方向に広げていくことがMECEに考えるコツだ。

1.フレームワーク発想
しかし、素人考えでは、そもそもMECEを満たすことは難しい。議論領域全体、つまりどこからどこまでが考えるべき範囲かが分からないし、考慮すべき項目が抜けているかもしれない。MECEに考えられる前提として、その問題の全体像を把握して置く必要がある。
そこで、フレームワークの出番だ。ロジカルシンキングにおいて、フレームワークとは「MECEに考えるための枠組み」を意味する。学問や専門家など、玄人によるモデルや理論がフレームワークとして利用される。フレームワークを利用したアイデア出しのことを「フレームワーク発想」と呼ぶ。以下に適当に2つ例を挙げる。
1つ目は「経営資源モデル」で、「経営のリソースの全ての種類はこれだ」と定義してくれていて、「ヒト」「カネ」「モノ」「情報」の4種類のことだ。このフレームワークによって、経営に関してMECEに考えられる。
2つ目は「マーケティングの4P」で、商品力とは4つの要素で構成される、というモデルだ。良い商品を作るためには、以下の4つを考慮すればよい。
- Product: 製品の品質(競合と比べての優位性)
- Price: 値段
- Place: どこで売るか(都会か、郊外か、通販かetc)
- Promotion: 販売促進(買ってもらう前に知ってもらう必要がある)
以上から分かるように、フレームワーク自体はロジカルシンキングとは別物であり、まずはフレームワーク発想をせよ、という手順がロジカルシンキング固有の内容だ。
2.情報の整理
フレームワーク発想によって、MECEにアイデアを得る方法を押さえた。しかし、それによって得られたアイデアはただの情報の羅列であり、雑然としている。
そこで、次のステップでは、それらのアイデアを構図を用いて整理する。構図には3種類あり、基本3構図と呼ばれていて、それぞれ単体または、組み合わせて使用する。
- ツリー構図
- マトリックス構図
- プロセス構図
1.ツリー構図
1つ目のツリー構図は箇条書きを階層化したもので、物事を分析するのに用いる。1つの項目を親として、MECEな数個の項目を子として伸ばしていく。
「あなたはこの商品を買うべきだ」というような主張を親として、その根拠を子とするような場合はピラミッドストラクチャーといい、「車」などの要素を親として、その構成要素を子とする場合はロジックツリーと呼ばれる。
特に、作業にロジックツリーを適用したものはWBS(Work Breakdown Structure)と呼ばれ、プロジェクトマネジメントの基本とされる。
ピラミッドストラクチャーでは、親子関係が成り立つかを常に注意する必要がある。主張とその根拠の関係が妥当であるかをチェックすべきだ。親から子への繋がりをチェックすることを「Why So ?(それはなぜ)」、逆に、子から親への繋がりをチェックすることを「So What(だから何)」と呼ぶ。

2.マトリックス構図
2つ目のマトリックス構図とは単に表のこと。縦と横の2軸それぞれにテーマ(どんな視点を置くか)を設定する。「縦軸×横軸」の組み合わせによって、物事を分類していく。と言われてもよく分からないので、具体例「SWOT分析」を述べる。
これは、自社の立ち位置を分析し、戦略立案の参考に用いるためのものだ。経営資源モデルやマーケティングの4Pなどのフレームワークを用いて、MECEに要素を検討し、それらを以下のテーマで分類する。
- 縦軸:「自社でコントロールできるか(内部、外部)」
- 横軸に「自社への利益(プラス、マイナス)」

3.プロセス構図
3つ目のプロセス構図は時系列の情報を表現する。例えば、作業手順を示すのに用いられる。時系列順に要素をブロックで囲ったものを繋げていくだけなので、図解は省略する。
3.アウトプット
フレームワーク発想と構図による整理によって、アイデアを出して、整理した。これらを材料として、他人向けの資料を作成するのが最後のフェーズだ。しかし、考慮する方針が3つあるが、具体的な方法論はない。
- ストラクチャー志向:構図や情報の配列に着目して内容を整える
- マーケティング志向:発信相手に応じて内容を整える
- プレゼンテーション志向:発信媒体、レイアウト等を考える
1つ目は、「起承転結(これもフレームワーク)」のようにどんな順番で説明していくかを考えることだ。
2つ目は、アウトプットの受け手に合わせて、情報を取捨選択することだ。例えば、受け手がその議題に明るくない場合は詳細を省く。受け手の興味に訴求する内容にする、など。
1、2はアウトプットの内容そのものを吟味することだった。3つ目は内容自体ではない。そもそも、どんなメディアが適しているか。個別に紙媒体か、ディスプレイの前でプレゼンか、動画にするか、などが発信媒体の選定やどんな着色?文字の大きさは?などのレイアウトの決定のことだ。
ロジカルシンキング不要論
以上で、ロジカルシンキングの体系を述べた。「ロジカルシンキングには、ちゃんと3つの手順があって、それに従えば、なんか良さげな提案ができそうだ」と感じられただろうか。私の感想は否。
ここまでは、ロジカルシンキング(笑)に寄り添ってきたが、これから反撃を開始する。要約すると、ロジカルシンキング自体が論理的ではないし、手順に従うだけで問題解決できるほど、世の中は簡単ではない、ということだ。
ロジカルシンキング自体、論理的ではない
ロジカルシンキングとは、「分かりやすく、筋道が通った考え方」と定義してあった(参考書※1)。そう言われましても、論理とはズバリ何かが伝わってこないお…。論理の定義すら曖昧な状態で、「これが論理的思考だ」などという論調こそ、論理的ではない。
ツリー構図の親子関係のチェック(Why So ?、So What ?)の演習においても、「論理的に考えて」、「常識的に考えると、こういう帰結を得るはずだ」などとぼんやりしたことを言って、場当たり的な説明に終始する。
ロジカルシンキングみたいな横文字を多用してカッコつけただけのもの(悪口)に真摯に向き合ってもしょうがない。「論理学や数学」などの論理の権化たる学問に答えを求めるのが正しい姿勢だろう。
論理学の教科書(参考書※4)の定義を要約すると、次のようになる。とある正しい文をもとに、別の文も正しいと導くことを証明という。論理とは、証明の規則のことだ。では、論理力とは証明力に他ならない。
数学でも、前提と結論を明確に区別する。定理(証明済みの文)の証明には別の定理を利用することもある(例えば、余弦定理の証明には三平方の定理を利用する)。数学は定理を積み上げによって、前提をスッキリと保ちつつ、理路整然なまま高度な議論が可能な体系を作り上げた。
論理力を鍛えるにはロジカルシンキングなぞ学ぶのではなく、数学や論理学などで証明の訓練をする方が適しているだろう。
ロジカルシンキングで論理力は鍛えられない
手順やルールに従えば、よい結果が得られる。そうであればこその体系・理論・方法論であり、誰でも学び、実践することが可能となる。対して、「こういう結論、やり方が正しいよ。知らんけど」というスタンスのものは、職人技だ。つまり、理論的な裏付けは当人の中にぼんやりとあるだけで整理されておらず、その技術の伝承は難しい。属人的で再現性が低い。そんな職人的、属人的帰結を筋道立てて整理し、伝達可能にする方法論のことをロジカルシンキングと呼んでいるのではないか。
ロジカルシンキングには、確かに手順は確立されている。しかし、手順を進めていくと、以下のような作業があることに気づく。
- 何のフレームワークを適用するのが正しいか
- ツリー構図の親や子に何を設定するか
- 何をもって親と子の妥当とするか(Why So? So What?)
- マトリックス構図の軸には何を設定するべきか
- …
これらは手順としては割り切れない創造的な部分だ。しかし、此処こそが肝要だ。結局のところ、ロジカルシンキングの肝は発想力ではないか。発想力とは、経験や知識を前提にした想像力のことだと思う。
想像は空想ではない。地に足のついたところに出発点がある方を想像といい、ない方を空想と呼ぶ。陳腐な常識から、非自明な、そんな見方があるのか、というような帰結を得ることを良い発想と呼ぶのだろう。この出発点と帰結の言い換えこそが論理である。しかし、上述の通り、ロジカルシンキングという方法論の中に、発想力(=論理力)を強化するような要素はない。
発想をフレームワークの当てはめによって支援する、という考え方がフレームワーク発想であった。しかし、この当てはめを通して、「ロジカル」の名を冠するに妥当なほど、論理的思考力を高めたり、訓練したりできるのだろうか。否、断じて否。せいぜい、いろんなフレームワークがあるんだと、と把握できるくらいではないか。
前提を疑うのは難しい
残りのリンゴの数は?という、ロジカルシンキング研修のクソ問題を思い出してほしい。「ほら、人間はすぐに思い込みを起こしますよ。注意しましょうね。」という問題の意図は理解できる。思い込みや前提を排除した考え方をゼロベース思考、フリー発想と呼ぶが、その習得を目指した出題であった。そんな技能がロジカルシンキングで身に付くのだろうか。難しいと言わざるを得ない。前提を疑うなんて簡単にできるものか。
数学では、「ユークリッド幾何学」というものが信じられてきた。平行な2直線は交わらない、などを前提とした体系のことだ。中学数学はユークリッド幾何学を前提としているし、この前提は疑いようがなく正しく思われる。ここを何の根拠もなく疑うのは空想というものだ。
論理学では、「寛容の原則」というものがある。与えられた文はなるべく正しくなるように解釈すべし、ということだ。例えば、以下の文があるとする。
- 日本の首都は東京である。
一見、正しいように思われる。だが、常識・前提を疑うと、途端に、この文の正しさは危うくなる。例えば、
- 時代は現代である、という暗黙の前提を変えると、「日本の首都は京都である」が正しくなるかもしれない。
- 日本という記号がイギリスを意味するようなパラレルワールドにおいては、この文は誤りだ。
このように、与えられた情報の前提を無闇に疑うことはバカげている。そのための「寛容の原則」だ。そもそも、前提を疑うような読み方が必要なビジネス文章は愚かさまたは悪意に満ちている。
以上より、前提を疑うことは難しいことが分かった。何の論理もなく前提を覆そうとするのだから当然だ。論理に従うならば、背理法を用いるべきだ。すなわち、
- 結論を導く過程が妥当なとき
- にも関わらず、結論と前提に矛盾があるとき
この両者を満たしたとき、はじめて前提が間違っていると判断できるのだ。
ユークリッド幾何学ではあり得ない現象が相対性理論によって予想され、観測されたことにより、「世の中はユークリッド幾何学に従っている」という常識・前提は否定された。
問題解決はマニュアル化できない
ロジカルシンキングは、物事の分析の方法論という建前だった。分析なんてあらゆることに利用できる汎用的なものだ。だから、
- ロジカルコミュニケーション
- ロジカルコーチング
- …
などとちょっと強そうな用語が量産されているようだ。これらは、望む成果を分析によって得ましょう、ということだ。望みの理想像と現状のギャップ、つまり問題の解決にロジカルシンキングを応用し、それらの応用例に名前をつけたのが、それらの用語の正体だ。
しかし、問題解決のマニュアル化が可能なのだろうか。それが可能ならば、人の世に問題は存在しない。以下では、「素数は無限個あるのか」という問題を通して、問題解決には発想力が必要であり、マニュアル化が困難であることを示す。
素数は無限個あるのか、という問題にロジカルシンキングは無力
「素数は無限個ある」という文の証明を試みる。
まず、ロジカルシンキングの手順の適用してみる。
ピラミッドストラクチャーが使えそうだ。この主張を親として、その根拠を探したい。
…
ロジカルシンキングの学びの中に、使えそうなフレームワークは存在しない。
~完~
そりゃそうだ。問題への切り口なんて千差万別であり、ロジカルシンキングは無力だ。手順はロジカルシンキングと異なるが、数学には、この問題を解決するマニュアルが存在する。背理法だ。それは以下の手順に従う。
- 証明したい文の否定を前提として、
- その前提と矛盾する結果を得ることで、証明したい文の否定の否定(つまり肯定)を得る
後は手順を追って一件落着、とは問屋がおろさない。手順1は簡単だ。「素数は有限個ある」という前提から議論を始めればいいだけだ。しかし、手順2の詳細が不明である。
前提(手順1)より、素数の数はn個と言える。これと矛盾する結果とは、「素数はn個ではありませんでした」ということだ。本題から逸れるから詳しくは書かないが、n個の素数を組み合わせることでn+1個目の素数が作れる、というのが手順2だ。しかし、
- n+1個目を探す、という方針が自明ではない
- どうやってその素数を作ればいいかも自明ではない
など、汎用的なマニュアルで対応できるような問題ではい。実際、手順2には他の方法もあるようだ。結局、この問題の突破口は発想力という、非マニュアル的なものとなる。
補足
※1: 「かごがめちゃくちゃ大きく、リンゴを取るにはかごの中に入らなければならない。6人目の女の子はリンゴを手に取ったものの、まだかごの中にいたから」という解答だ。「かごの大きさは手提げバッグくらいだろう」という前提を覆した面白い解答だと思ったのに、残念。
参考文献
引用
参考書
- 実践ロジカルシンキング[本田 一広]
- はじめてのロジカルシンキング[渡辺 パコ]
- ロジカルシンキングが身につく入門テキスト[西村 克己]
- 論理学入門[三浦 俊彦]
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