[1日目]転職先のレベル高すぎ、仕事に適応できなくて辛い。メンタル整理のために日記開始

スポンサーリンク

日記開始の動機

今日(2022/05/25)から毎日日記を書くことにした。

ここ一ヶ月ほど?、転職先の仕事がうまくいかないため、不眠や動悸などの神経症が生じている。そのことを上司に話したところ、仕事を前向きに取り組むために自己分析や言語化の訓練をした方がよいとの助言をいただいた。そして、言語化や思考の整理の習慣として日記を書くのがいいんじゃないかと思いついた。

毎日2500文字以上を書くことを習慣にしたい。今はつらいけど、数年後に見返すと楽しいと思えるのかな。

転職先で仕事でうまくいかなくて鬱

私は2021年9月半ばにIT系としてのキャリアアップのためのポジティブな転職に成功した。20代の終わりが見えてきたのもあって、もっと高いレベルの職場でオレってどれだけ通用するのかを試すための挑戦的な転職だった。年収は600万台となり、5年ほど長く勤めた1社目に比べて200万の年収アップだ。28歳の転職としてはとては成功だと思っていた。

しかし、仕事で自分が思うような働きができず病んでしまった。

具体的に転職先で仕事がうまくいっていないと自分が思う点は以下だ。

  • マルチタスクが苦手
  • 手順書通りに正しく作業できない
  • 画面共有でのペア作業で緊張する
  • 業務知識を理解するのが遅い
  • プレゼンが下手
  • 疑問点を的確な言葉にまとめて質問するのが下手

要はコミュ障で理解力が低いことが新しい職場で露呈して、もっとできると思っていたセルフイメージとのギャップに落ち込んでしまったのだ。

現在の転職に至るまでの経歴

自分のことをできるエンジニアだと思っていた。なぜなら、前前前職(RADWIMPSみたいw)で高い評価を受けていたからだ。

全然前職は派遣ではあったものの高度な業務内容だった。航空機の空力についての数値シミュレーションをAIによって低コストで実現するための研究開発だ。今だにJAXA、AIというパワーワードで周りにマウントを取ることができる。

そんなハイレベルな職場で6回ほどの退職の引き止めにあったにも関わらず、いや引き止めにあったからこそ転職というチャレンジを敢行したのだった。

前前前職では自分の右に出るプログラマがいなかった。そりゃニッチでFortranなんて古い言語を使っている現場だったし。イケてる感じのWeb系という大海原に挑戦したくなったのだ。

よく分からないインフラ系の派遣や業務系のフリーランスエンジニアを半年ずつはさみつつ、3回目の転職にて年収の高い企業へとジョブチェンジに成功したのだった。

おれの独学・業務で培われたオブジェクト指向プログラミング力が火をふくぜ、と思っていた。

ハイスペックな同僚・リモートな職場

しかし、言語や開発環境、組織体制も全く異なる環境で働くことになった。

よい給与の企業ってこともあって、チームのメンバは先輩は新卒の同僚に至るまで全員がバケモノレベルのポテンシャル・能力を持っているように思えた。

コロナ禍ということもあり、基本的にフルリモートで業務を進めることになった。コミュニケーションはチャットやミーティングのアプリで行われた。

逐次差し込まれるチャット、回数の多いWeb会議。業務知識が不十分な自分にとってこれらをキャッチアップしていくのはとても難しく感じた。

しかし、同僚は会話の会議の内容を十分に理解するに留まらず、先を見越しての質問や鋭い質問を次々と繰り出していく。1を聞いて10を知る、みたいな感じだ。

当然、前提知識(業務知識)の有無によって、話の理解度は大きく左右されるのは言うまでもない。しかし、それ以上に自頭の違いを感じた。オレは仮に業務知識が身についたとしても、彼らと同じレベルに達することができるのだろうか。

すっかり自信を失い、気分が優れない日々が始まった。

学生の頃を振り返って

振り返れば、自分は優秀な学生ではなかった。偏差値は65くらい?で悪くない大学だったが。

工学部であり、筆記のテストはできた方だったが、実験の課題など、手順を理解して実施していくのには苦労した。

ミスドやGEOなどのバイトをしたこともあったが、2つとも実働数ヶ月足らずで長く続かなかった。接客は緊張するし、柔軟な受け応えはできないわ、そのくせして単調な作業は心底嫌だった。塾講師のバイトだけは2年くらいこなせた。子供からは気に入られたし、楽しく仕事できた。

就活では落第者だった。学生時代に誇れることがなかったり、面接でのアピールが下手だったからだ。面接は10回くらい落ちまくった。トヨタ系の就職に強い大学で、友達の多くは難なくトヨタ系へ就職を決めていった。

数学や物理が好きなこと、ITスキルが今後重要となると思って、適当に目に止まった航空宇宙のシュミレーションの会社に応募したところ、採用してもらうことができた。自分の感触としては、運良く拾ってもらえたという感じだった。

自分の無能さを発達障害のせいにしたい

JAXAでの研究開発はほぼ個人で完結する業務であり、自分には適した環境だったんだと振り返ると思った。当時は個人開発では周囲からスキルを学ぶことができないことや、チーム開発を経験したいなどの欲が出てきて転職へと至ったのだが。

しかし、フルリモートでのチーム開発は自分にとってはとてもつらいものだった。

  • 差し込みによるマルチタスクは当たり前
  • その中でチャットでの返信やドキュメント作成をスピーディに行う必要がある
  • 質問な適宜していかなければならない
  • そのためには端的に質問文を作成しなければならない
  • 会議の議事録を作成すること

など、不慣れな新人にとっては大変なのは当たり前かもしれない。しかし、大変の度合いが自分には大きすぎるように思えたのだ。

  • 昔から手順どおりに物事を進めるのは苦手だったし、
  • 先生の指示などを理解するのも苦手意識があった。
  • 呂律がまわらず、発音が不明瞭だったり、
  • 周囲に雑音があった場合、人の会話が聞き取れない(音としては聞こえるが言葉として入ってこない)
  • 面接も苦手
  • 手も不器用
  • 走り方が独特と言われる

このような理由から、転職先でうまく仕事ができないのは発達障害なのではないか、と疑い始めた。

発達障害のせいにできれば、自分の能力不足は自分の努力不足のせいではない、と胸を張って言える。自己嫌悪が軽減できて心身症も軽くなる。ひいては今の職場が自分に向いてない環境だと言い張って大手を振って退職することもできる。逃げたい。楽になりたい。

こうした経緯で、私は精神科を受診することを決心したのだった。

日記
スポンサーリンク
ごとぅーんをフォローする
スポンサーリンク
スモビュ!

コメント

タイトルとURLをコピーしました