[2日目]言語化能力向上と自己分析のための日記継続

昨日に引き続き、表題を目的として日記を書く。主に今悩んでいる転職先での仕事が話題だ。

まずは今日も周りのレベルの高さに落ち込んでしまったことについて書く。

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できる同僚、できないADHDな私

先輩のPMとしての華麗が業務を見た。とても真似できるようになるとは思えない。担当者に確認、自分の感覚や判断を交えながら、画面共有してファシリテートしつつ、スプレッドシートに工数を入力していく。なんというマルチタスク力だろうか。

工数管理表や自分のチームのタスクの概要、会社固有のプロジェクトの進め方。慣れていないことは山ほどある。しかし、慣れたとしてもこのマルチタスクを自分ができるようになる日は来るのだろうか。

私のチームでは定時直前に夕会を行う。その中でチームメンバのエンジニアが持ち寄った技術記事の輪講を行う。当番制で担当者が輪講資料を読み進めていく。優秀なチームメンバは鮮やかに輪講のファシリテートをこなす。記事内容を噛み砕きつつ、著者の誤りや意図を指摘したり、記事内容を踏まえた上で、その技術の応用について議論したりする。ときには分からない箇所をググって、議論を深掘りしたりもする。

私は棒読みした後にちょっとまとめを言ってみたりするだけだ。ただでさえ高度な記事内容であり、一人で自分のペースで読み進められたら、咀嚼できるかもしれないが、ファシリテートしながらなんて自分には無理だ。

今日はモブプロでドメイン駆動設計についての定期勉強会をやる曜日だった。文章で書かれた業務ルールをもとにみんなで議論し、UMLを用いてドメインモデルを書いたり、プログラミングを行う。

意見が飛び交う中でちょっとこう書いてみようだの、やっぱり依存関係はこうした方がよいだの、活発に議論が展開される。手を動かしながら、議論しながら。。。ガチガチのマルチタスクだ。ドメイン駆動設計について独学したりしてプログラミングが好きだったはずの私だが、正直その勉強会は苦痛になってきた。一人で課題を解いて、レビューをやってもらえる形式ならどれほど楽だろうか。

このようにマルチタスク地獄の職場。私は慣れや訓練で適応できるのだろうか。。。QEEG検査という脳波測定による発達障害診断で私はADHD傾向ありだったし。

不調。その中で能力向上を求められる辛さ

最近はストレスのせいか、適切な単語を思いついたり、文章や会話への理解力が低下しているように思われる。

今日はあまりにやる気がでなくて午前半休を使ってしまった。当日朝の気分で有給が取れるのでとても良い会社だと思う。下っ端で大した業務を任せられていないってこともあるが。

業務時間中に勉強の機会を当たり前に与えてもらえたり、有給が多かったり、チーム一丸で仕事していこう、など転職先は普通に良い会社であることに違いない。

私は今までほぼPGとして過ごしてきた。研究開発を2年半ほどしていたこともあったが、それは一人で集中・マイペースで作業できる環境だったから評価されていただけに違いない。

給与を上げるためにはPMとしての能力向上が避けられないように思う。今の職場はPMとしての立ち回りを学ぶのには格好の場所だ。

しかし、本当に私が発達障害であるならば、マルチタスクの鬼のようなPMの仕事などこなすことは不可能に近いだろう。体育で成績が1のがいくら頑張っても成績5にならないのと同じだ。

近々、WAIS-Ⅳという知能検査を受ける予定だ。勉強はできたし、転職前は割りと評価されてきた。IQは低くはないだろうと思っているが、今の心境としては正直、IQが低い(ガッツリ発達障害である)って診断が下ることを望んでいる。今の職場は努力では超えられない壁であると一刻も早く証明されることを望んでいる。逃げたい。

WAISの結果が発達障害でないのなら、今の職場で頑張るべきだと思う。しかし、本当にマルチタスク力は訓練で向上するのだろうか。

能力は開発できないんじゃないか、という開き直り

最近仕事では、適切な質問ができないことや文章のまとまりが悪いことを指摘されている。言語化能力を鍛えましょう、と。

しかし、これまで私はブログを書いたりしてきたし、本もたくさん読んできたつもりだ。昔も今も口下手であることには変わりないが、言語化能力は訓練できていたはずだ。

橘玲という作家を一時期信奉していたことがある。彼は「氏か育ちか」というテーマにとても興味を持っていて、自己啓発には否定的な立場を取っている。

彼の著作に感化された私も同じ意見だ。

「嫉妬・愚痴・貪欲」は仏教では三毒と呼ばれ、避けるべきものだとされているようだ。しかし、例えば、嫉妬という感情は自らの子孫を遺すために有利に働く。嫉妬しない男は、妻の浮気を簡単に赦し、自分の子供でない子供を育てさせられるリスクを負うことになるからだ。

自己啓発本では、ポジティブになりましょう、嫉妬とかネガティブな感情は非生産的なのでやめましょう、みたいなことが書かれている。しかし、全ての感情は進化的根拠があって、やめましょうでやめられるものではないのだ(ただし、現代社会には見合わくなった感情は存在する)。ちょっと話が逸れた。

似たような話で、能力向上という自己啓発も意志力や努力では超えられないものだとするエビデンスもたくさんあるらしい。

努力できる力は先天的らしい。数値的感覚も先天的で、借金で破産する人の多くは自堕落というよりは計算能力の欠如によって、これ以上は借金するとマズいっていう安全装置が壊れていたりするらしい。エピソード記憶が優れているものは勉強ができたりする。

言語能力だって同じだと思う。確かに慣れで少しは上達するとは思う。でも能力向上のスピードが遅かったり、努力に見合うだけの成長が見込めるかどうかは生まれたときに決まっているに違いない。

正直、WAISの診断でマルチタスク力や言語能力に問題ないって診断が出たとき、私は途方にくれるだろう。

ぼくはついていけるだろうか。ADHD診断がない世界のスピードに。

日記
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